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トランスパラント・フットプリント

ちはやブルーフィルム倉庫

暁美ほむらはまつろわない(未完)

叛逆前に書こうと思ってたけれど、機を逸したしもう書くこともない気がするまどマギほむらちゃん本の見せ場の落書きを発掘したのでおいておきます。要望があったので。


パターン2の方が古いしまとまりないです。
かなめまどかのことをカゴメマドカとか言ってるけどなんか間違えてるだけです。


パターン1

「うう・・」

 頭はふらふらとふらついていた。頭が割れるように痛む。実際、割れているのだろう。そして、足が動かない。もし、この体の本体がソウルジェムでなく、痛みを和らげられていなければ、痛みのショックで気を失っていてもおかしくない。
 たったひとりでワルプルギスの夜に挑んだ。ほむらはなにも、徒手空拳で挑んだわけではない。ワルプルギスの夜は、決して倒せない相手ではないことは、ほむらにはもうわかっていたのだ。ただ、そのときは一人ではなかった。まどかがいて、巴マミがいた。
 それでもダメだった。まどかに全力を使わせれば、まどかが魔女になってしまうのだ。まどかを魔法少女にしなければ、ワルプルギスに倒される。とんだジレンマだ。
 だが、ほむらは諦めなかった。まどかを魔法少女にせず、自分一人でワルプルギスと戦うところまでこぎつけた。本当は、巴マミや、佐倉杏子と共闘するほうが、よかった。彼女たちは、この時間ですでに魔法少女となってしまっているのだから。
 けれど、運命は、まるでそうでなければいけないとばかりに、負の選択肢をほむらにおしつけていった。美樹さやかがいつも、ほむらの障害になってしまうのだ。
 まどかが悲しむ顔を、見たくなかっただけなのに。
 時間を巻き戻せる。なんてでたらめな能力があるのに、ぜんぜんうまくいきやしない。
「また・・ダメだったの」
 絶望。また、もう一回、やり直してみたところでどうなるのか。いや、今回は、ひとりだからダメだったのだ。次回こそは、まどかを巻き込まず、さやかに邪魔させず、巴マミ佐倉杏子とうまくやって、ワルプルギスを倒すのだ。
 そうすれば、この世界を、この街を、それを望むまどかの笑顔を見ることができるのだ。
「ーーそんなこと、できるわけ、ない」
 じわり、とソウルジェムが濁る。衣装からは硝煙の臭いがする。血の臭いと泥の臭いがする。時間を巻き戻すにも手が動かない。

 眼前に、ワルプルギスが降りてくる。計算は、きっと間違っていないはずなのだ。前回のループで果たしたのと同じ、いや、もちろんそれ以上のダメージを与えていたはずなのだ。時間を止め、準備をし、科学でカバーし、たったひとりでも、たったひとりだからこそ、未来を知っていたからこそ、どうにかここまでこぎつけたのだ。
 けれど、ちからが、及ばなかったのだ。
 繰り返せば、まどかの魔力は強くなる。その分、魔法少女の魔力に相応するのか、ワルプルギスもーーきっとあいつは、魔法少女という摂理を打ち消すための「因果律」とやらから使わされた亡霊なのではあるまいか。だから、肥大した魔力を持ったまどかを倒すために、少なくとも相打ちになるために、ここにやってくるのではないか。
「ーーほむらちゃん!」
 
 遠くで、まどかの声が聞こえる。

「さあ、まどか。きみだけがこの惨状を救うことができるんだ。願いを」

「ーーだめ」
 白い獣の声に耳を傾けてはならない。そんなことをすれば、今までの努力も、なにもかもが水泡に帰すのだ。
「まどか、だめ」
 だが、声は届かない。
 声がでないほど、しかし、声は聞こえるほどの距離だ。白い獣が赤い瞳をちらりとこちらに向ける。
キュゥべえっ・・!」
 流せる涙があれば、悔し涙が流れていただろう。結局、ほむらは、キュゥべえたちを甘く見ていたのだ。



 Xループ目

 おしまいだ。
 暁美ほむらは、自分の感情を押し殺してきたのは、長期戦を覚悟したからだった。

 まどかに「暁美ほむらという存在の消滅」を願わせる。

 そんなことを、あのまどかが願うだろうか?

 そのために、まどかに負荷をかける。脅しだけのつもりだった。まどかに「キャンセル」を願わせるのだ。ほむらの積み重なったまどかへの想いが、鎖となってまどかを縛っているのなら、彼女の願いはちょっとした奇跡をも起こせるはずなのだ。もはや、自分だけのちからではどうにもならないことを、ほむらは受け入れるしかなかった。そして、時間を巻き戻すことに慣れ始めた。慣れ始めたほむらは気づく。何度も、何度も失敗し、巻き戻す内に、ワルプルギスの襲来が速まっていくのを知る。まるで、まどかの魔力が臨界を迎えるのと同時期であるかのように。
 だから、ほむらに与えられた時間は有限だった。何度も巻き戻せると思われた時間は無尽蔵ではなかった。焦りもあっただろう、しかし、いくらソウルジェムに魂を預けていようと、気の遠くなるような時間を繰り返していようと、ここにいるのはたかがひとり、学生の女子なのだ。ストレスや焦りは思考を狭窄させ、ほかの選択肢を無意味に葬り去る。折衷を拒み、極端さを崇拝する。何度となく目の当たりにした、同輩の失敗に、他人を頼ることをやめてしまう。そのすべてが、暁美ほむらの悲劇につながっていくのだ。
 選んだのは、自殺だ。
 ほむらは、まどかに願わせることを、呪われることを選んだ。まどかが願ってくれれば話は早いのだ。ほむらが知らず知らず絡め続けてきてしまったこの鎖こそが、すべてのガンなのだ。これさえなければ、今後のループでまどかが魔法少女に勧誘されることもなければ、ワルプルギス以上のばけものになってしまうこともないのだ。ただ、まどかがほむらのことを思い出すことはない。「暁美ほむらの消滅」を願えばいい。
 これしかない、これしかないのだ。
 そう、ほむらはふるえる唇で言い聞かせる。最後と決めて丹念に種を蒔いた。これ以上巻き戻れば、ワルプルギスの夜がどこまでさかのぼってくるかわからなくなってしまう。ほむらのまだるっこしいやり方は、どんどん成功する確率が低くなっていくのだ。
 だから、この辺で諦めるしかなかった。
 諦める。そう決めると涙があふれてきた。

 まどかに嫌われ、憎まれ、呪われようとしているのだから。

 だが、まだほむらは、まどかのことをちゃんと理解してはいなかった。そんな時間はなかった。だって、ほむらはいつも、まどかに近づくだけで、最初の頃の弱いほむらにやさしくしてくれたまどかのことしか知らないのだから。あとはただ、あの日のまどかを取り戻すために、たったひとりで同じところをからまわりしていたのだから、まどかの本当のことなんて、何一つ知っていやしなかったんだ。
 まどかが、本当に、自分なんか比べものにならないほど強くて、頑固で、愛されていて、博愛主義者だってこと。楽しそうに家族の話をすること、愛されて守られているのだから、愛して守ることも、信じることも、当然なのだと。
 病院でいつも、たったひとりで目を覚ます暁美ほむらとは、なにもかもがちがうのだと。

 まどかの目の前で、ほむらの手の中に握られた拳銃が火を噴いた。その暗く、深く、渦巻く穴から螺旋を伴って放たれた真鍮のきらめきは、まどかの母の心臓に吸い込まれていった。

 まどかは「すべての暁美ほむらを、ふつうの女の子に」と願った。キュウべぇをだまくらかして唆させた願いは、まどかの中でゆがんで表出した。
「なんで! なんで!! まどかぁっ!」
 うまくいく、なんて本当は思っていなかった。だって、こんなのは賭だ、分の悪い賭に負けた。それだけのことだ。今回も失敗した。けれど、こんなのってない。こんな仕打ちってないだろう。その願いは、誰も、誰も幸せになんかしないじゃないか。
 ほむらは、
 不完全なキャンセル、まどかの願いとカブるタイミング。FIZZ。
 

 X+1ループ

 病院のベッドの上で目を覚ますほむら。体中が痛い。今まではこんなことはなかった。そう、どのループでも、ほむらはどんどんポテンシャルを上げていたのだ。それは、まどかへの恋慕の情だけではない。まどかとつながれた鎖がほどけたのだ。いつも、最初以外、あの日、まどかを助けようと願った日から、ほむらは魔法少女であり続けた。時空と因果を超えて。時空そのものを戦場として。

 救うべき相手に、癒えない傷を負わせていれば世話はない。
 戻ってしまった、ということは、またこのループも世界を救うための算段をつけなければならない。正解があるかどうかもわからない詰め将棋がまたはじまるのだ。ほむらが要領を学ぶよりも先に、タイムリミットが短くなっていく、先の見えないゲームが。

 ソウルジェムがないことに気づく。身体が動かない。そもそも、ほむらは病弱だった。ずっと休んでいて、ようやく世に出たのだ。なぜ、疑問に思わなかったのか。たったひとりで目覚めることを。身体の弱かったはずの自分が、ずっと病院にいたような自分が、なぜ急に学校にいけるようなことになったのかを。

 ほむらはずっと、忘れていたんだ。

 それが叶ったのは、だれかが、死に瀕していたほむらを救ったからだ。魔力を感じてやってきたキュゥべえとの会話でも、それは明かされない。この世界のまどかは、ほむらのことを知らない。そして、いままでのループと違って、まどかに魔力が溜まっていることもないだろう
 まどかの願いは、かなえられているのだから。




 もはや、手だてはない。
 ベッドから、起きあがることすら難しい今の身体に、ここからできることなんかありはしないのだ。魔法少女としての力を失ったが最後だ。この上は、最初のもくろみがうまく行ったことを祈るのみだ。まどかの願いがこうして叶えられた。



「ーーきみ、魔法少女になる気はないかい?」
「・・あなた」
「驚くことはないよ、ぼくはキュゥべえ。きみたちはどうやら、こういった形のものが人の言葉をしゃべることは理解しがたいらしい」
 白い体、赤い目を持った異星からの簒奪者が窓の外にいた。インキュベーターの誘う言葉すら懐かしい。
魔法少女になって、きみ自身とこの世界を救ってみないかい? それはきみにとっても有意義で、有益なことだと思うよ」
「ーー久しぶりね。あなたが変わらないことに少し安心してしまうわ」
「・・おかしなことを言うね。きみは、ぼくに驚いていないようだ。それこそが驚きだね。まるで、ぼくに会ったことがあるかのような口振りじゃないか」
「そうよ、インキュベーター
「ふむ」
 太いしっぽが、窓辺でくるりとたたずまいを新たにする。赤い目が光る。本当に目として機能しているのか定かでない器官が、値踏みをするようにほむらを射すくめる。
「わかっているかもしれないけれど。きみは、どうやらもうすぐ生命活動を終えようとしている。きみたちは器が脆くて不便だと思うよ。どうだい、ぼくらはきみにねむる魔法の力を引き出し、生存につながる願いを叶え、さらにはきみを強靱な魔法少女にすることができる。世界は、この町はきみを必要としているんだ。魔法少女となった、きみをね」
 すべてが終わろうとしている今なら、この言葉の空虚さがよくわかる。でも、ほむらは、最初のあのときにこの誘いに乗ってしまったまどかを、まどかを救うために魔法少女となった自分をせめるつもりはなかった。
 ーー。
「ねえ、もしかしてあなたたちって、可能性を超えることはできる?」
「ーーそれは、いわゆる平行世界のことかい? 平行世界の可能性というのはぼくたちも考えないこともない。けれど、それを渡り歩いたり、ましてやそれ同士での意識や可能性の認識を共有しようだなんて、どれだけ膨大なエネルギーがかかるものか、考えただけでも無駄ばかりじゃないか。それだけのエネルギーがあるのならば、もっと有益なことにエネルギーをつかいたいものだね」
「あなたたちにも、及ばない領域があるのね、安心したわ。けれど、平行世界を渡り歩けば、さえたやり方が見つかるかもしれないじゃない? それさえも、あなたたちは無駄だというの」
「それはどうかな? 暁美ほむら。きみはーーどうやら時間旅行者のようだ。驚いたね。いったいどんな「魔法」を使ったんだい? そんなのはまるでーー因果律への反逆に等しい。けれど、きみはその上で自分の肉体が崩壊することを止められないようだ。もし、きみがそうだとしても、コントロールできないエネルギーが無駄だという証左にしかならないだろう」
「ーーそうね、今のところはそうよ。それに、あなたが来るということは、私に魔力があるという、そう言うことでしょう?」
「ぼくらのことも知っているようじゃないか。もし、きみがぼくらの誘い乗らないのなら、せめてぼくらの邪魔はしないでほしいね。けれど、公平に見て、キミの命はそう長くは持たないけれど」
「・・あなた、私のこと本当に、知らない?」
「いや、知っているよ。きかれたからには答えないといけないだろうね。ぼくは、ある魔法少女の願いで、きみの肉体の崩壊を遅らせる程度の感情エネルギーをながしこんだことがあるようだね。そんなに遠い昔じゃない」
「でも、私はどうしてすぐに治らなかったの?」
「魔力量の問題さ、その願いをした魔法少女は、この病院の患者すべてを救おうとしたんだ。彼女はお世辞にも、そんなたいそうな魔力を保持しているわけではなかった。彼女が本当に救いたいのは別の個体だったようだよ」
「家族?」
「そうなるのかな? ぼくらにはあまり、きみら個体の関係性というものがわからないんだ。興味もないからね」
「ーーあなたたちには、家族はないの?」
「ぼくらは総体だからね。ぼくらは、ぼくらさ」
「みんなあなただなんて、想像するだけで恐ろしいわね」
「ぼくらにとっては、きみらのように個体それぞれが別の個性を持っている方が理解できないけれど。未熟な種だから仕方がないね。成熟の時がきたらやがて、ぼくらのほうが効率がいいことに気づくだろう」
「もういいわ、その魔法少女は結局どうなったの?」
「ぼくは彼女のことを長いこと見ていないね」
「魔女になったんでしょう?」
「きみはそこまで知っているのかい?」
「見殺しにしたんでしょう? あなたたちってそういう生き物だったわよね」
「見殺しとはまったく失礼なものいいだね」
「だって、不可抗力じゃない。私たちはやがて磨耗し、すりきれて、魔女になって、かつて自分が守ろうとしてきたものを自分の手で壊さないとならないのよ」
ソウルジェムを濁らせなければ、ずっと魔法少女魔法少女でいられるじゃないか。まあ、とはいえきみらには命あってのものだねという言い回しがあったね」
「いい性格しているわ、あなた。自分で助けた命を、また追いこんで、そうまでして、ほかの星の命で、自分たちだけ助かろうだなんて」
「きみたちには牧畜という習慣があるじゃないか、採取だってそうさ、生き物を育て、種を植え、水をやり、病気からまもり、そして食べる。ぼくらは君たちに感謝をするよ、だから願いをかなえるんだ」
「願いを叶えているのは、あなたたちじゃない。私たちの魔力を使っているんじゃない」
「それでも、さ。きみたちには、きみたちに豊富に蓄えられた感情エネルギーの扱い方はしるべくもないだろう。それを扱えるのは、ぼくらだけってわけさ。ぼくらは、きみに蓄えられたそのエネルギーがあれば、なんだって与えてあげられるよ」
「知ってるわ」
「なら、話は早いじゃないか。ぼくと契約して健康になるといい。それだけの膨大なエネルギーがあれば、ぼくらの必要とする量をさっぴいてもかまわない」
「あなたたちにとってはそうでしょうね、この体にある魔力がそのまま失われるのは、本当に損失なんでしょう」
「そうでもないさ、ぼくらには永遠にも近い時間があるんだ。きみにはそれがない。ひとつの魂というものに束縛されているきみらは交渉のテーブルの上では明らかに不利なんだよ」
「そう、あなたはまるで感情がないかのように、魂なんてものがないかのように。ずっと、聞いてもいないのに言うのよね。なんでかしら、私ずっと、それが疑問だったの。ずっと、まどかを救うことばかり考えていていて、私、周りのことが見えてなかったのかもしれない」
「なにを言っているんだい? ほむら」
「あなたたちに感情がないなんて、魂がないなんて嘘よ。生きたいって思うことも、その願いをつないで行きたいって思うこと、それこそが感情のなせることでしょう?」
「それは思い違いさほむら、ぼくらは、そんなわけのわからないものにまどわされたりはしないんだ」
「どうかしら、あなたはそうおもいこまされているだけじゃないの? それが証拠に、あなたの言っていることはずっと感情を含んできたわ。けれど、私は、あなたたちに遠慮なんかしない。本当にあなたたちが滅んでも、まどかたちがこの選択で幸せになれなくてもいいのよ」
「きみが望むものを、ぼくが許すとは限らないじゃないか」
キュゥべえ
「?」
「それこそ思い違いよ。ほんと、私の心臓ってこんなに弱かったのね。誰かの、名前も知らない誰かが、私の命をつないでくれていたなんて思わなかった。けれど、私の思いはまだ、脈々と続く思いはまだつながっている。キュゥべえ、あなた、私の他にも魔力の存在に、気づいているんでしょう?」
「そうだね、きみよりも膨大な、いや、この星の存在すらあやぶむくらいのエネルギーを感知している。それも突然、きみと同じ時間にそれは現れたんだ。これはおそるべきことだよ。暁美ほむら。きみはもしかして、このからくりに気づいているのかい?」
「ああ、やっぱり感情がないなんて、嘘」
「そんなことはないとおもうけどなあ。まあきみたちにとって理解が難しいことなのは認めるよ」
「なにを言っているの。それは、まごうことなき恐怖じゃない。あなたたちは、滅びるのが怖くて、今だって、あまりに膨大な魔力を時間を超えて預けさせられたまどかの力を制御しきれないんじゃないかっておびえているのよ。滑稽。とっても滑稽よ。あなたたちは!」
「そう思うのは勝手だよ、ほむら。真実か真実でないかを判断するのはきみであって、ぼくらだ。それぞれの真実が異なるのもまた真理だろう。ぼくらには理解できないそんな矛盾が、きみらにとんでもないちからを与えているのかもしれないしね」
「あなた、今日は本当に饒舌ね。私の体がそろそろ限界そうよ」
「わかっているよ。きみは、望むのかい?」
「私に選択肢はないのよ。このままのたれ死んでも、まどかが魔法少女になってしまう。まどかは私に言ったの「魔女にはなりたくない」って。バカなまどかをしかって上げることもできないし、この時間のまどかは、私のことをしりもしないけれど、体が動かなければしょうがないわ」
「きみが魔法少女になれば、すべて解決することさ。きみはかしこいから、すぐれた魔法少女になれるだろう。そうしたら、ぼくは魔法少女が魔女になるときのエネルギーをきみから、君が望まなければキミと一緒に他の魔法少女が魔女になる時にエネルギーを徴収していけばいい。悪い取引じゃないとおもわないかい? きみが、そのまどかという少女を魔法少女にしたくないのなら、それは一番の方法じゃないか」
「でもね、それじゃダメなの。私はもう、過ちを繰り返すわけにはいかないの。あんなにーー」
 ーーまどかに、あんなに悲しい顔をさせてしまったからには。
「ううん、まどかがいるのに、触れずにいるなんて、無理。私はーー」

 まどかに、2回も願わせてしまったのだ。
 これは、誰知らぬ願いで、救われた体なのだ。

「きっと、この為に生きていたんだわ」
「ほむら、キミはなにを願うつもりだ。言っただろう? 無茶な願いはぼくだってかなえられない」
「嘘ね。このエネルギーを前にしてあなたは拒否できないわ。だって、あなたは、そう言う風にできていない、自動的なんだもの。なのに、感情を持っている。意図に反してね。だから、そこにほころびができた。私はそこを突くの、これはきっと、今しかできないことだと思うから。インキュベーター、かなえて。私の願いをーー」


「すべての関係性を、刈り取る力を」


 正確にはーー。
魔法少女になる”ことが願いの場合、それが、願いを叶える手段に内包されている場合、インキュベーターはそれを拒否することができなかった。キュゥべえは体をふるわせた。耳にも似た触手は、他の魔法少女にしたようにスムーズにはいかなかった。
 ーー恐怖。
 ほむらに言われた言葉がインキュベーターをかすめて消えていく。馬鹿なことだ。そんなものに惑わされる知識ではないはずだった。そういったものは進化の途中で切り捨て、効率的に生存していくことを是とする生命なのだ。進化を続け、その進化の本能が望むままに、宇宙の果てと真理に、やがて神となることが、おそらく、おそらくキュゥべえが属する種の終着点なのだ。そして、かれらは、そこに限りなく近づいていたのだ。
 だが、この力は、彼らをもってしても制御しきれないこの力によって、今呼び起こそうとしている力は。
 あろうことか、彼ら自身の存在を消滅させようとしているのではないか。
 恐怖とは。
 種が消えてしまうことを、自分が消えてしまうことを、すなわち死をおそれるが為にもたらされる原初の反応にちがいないのだ。それが、とっくに遺伝子の奥底に、情報を遺伝子から電子情報に置き換えるときに消し飛ばしたはずのいらないものがーーもはや意味のないものがーー。
 かりそめの体をーー魂を揺さぶるのだ。
「あ、ああ・・なんて、なんてことなんだ! なんてことなんだい、きみは! ほむら! きみはなにになるつもりなんだ!」
「死神よ」
 願いは受理された、想定外の御しきれない感情エネルギーはその奔流を示すままに、パンパンに膨らんだソウルジェムとなって暁美ほむらのからだを魔法少女に封じ込めた。


 鎌。
 体よりも大きな死神の鎌をひっさげた魔法少女暁美ほむらは。時間を操る能力者ではなかった。紫よりも髪よりもより暗い深淵の漆黒。決意を秘めた瞳を彩るのはデザインもなにもありはしないただ漆黒のコート。その内側から鎌にのばされた腕も、なにもかも黒に満たされている。
 鎌の刃だけがぎらぎらと銀色をたたえる。鎌の刃をするりと上に向ける。
「ああ・・なんて、なんてことだほむら。考え直す気は、ないのかい?」
「もう無理よ。だって、私はあなたがどんな条件を提示したところで、やることは変わらない。わたしはこうして、これを振り下ろすだけ。さよなら」
 

「私も、すぐにいくから」




 まどかの母は、最後に笑っていた。それは、娘を守ることのできた喜びなのだとほむらは考えていた。違う。あれは、安堵だった。役目を果たしたものの、解放されたがゆえのゆらぎだ。
 遅くきた報いを、受け入れたような。
 まるで、魔法少女の存在を知っているかのような、口振り。
 娘が魔法少女になる運命を、どうにかして阻止しようとしていたような。
 
 これは、他愛もない予測にすぎない。



 鎖がほどかれていくと、走馬燈のように映像が走り、砂糖のように崩れていく。その中に確かにいたのだ、まどかの母が。若き日の彼女は魔法少女だった。彼女は、誰かの望みを受けてふつうの人間に戻っていった。
「ああ、おろかなのは私だったのね、まどか」
 こんな力を手に入れるべきではなかった
 こんな鎌を、振り下ろすべきではなかった。
 選んでしまったものは、こぼしたミルクは、決して元に戻ることはありはしないのだ。
 もとにもどったようにみせかけて、まっすぐに、ずっと続いていってしまうのだ。残酷に、残酷であることすらも自覚せずに、すべては流れ、流されていってしまう。
 その流れに、あらがうべきではなかった。
 流れに乗り、流されつつも、自分の望むものを助ける方法が、自分の望むような何か、何かをーーできたはずだ。

「まどか、まどか。まどか」

 意識が、遠くなる。愛しい名前を呼ぶ。守りたかったものを、守れたのだと、一番賢い方法でなくとも、それだけは果たしたのだと信じて。
 自分は報われなくとも、それを切り捨てて、想い人の幸せが、幸せになるのだと、信じて。
 まどかと、ほむらをつなぐ糸は、とっくに断ち切られていたけれど、それでも、反復でほむらは名前を呼んでいた。それも、すぐに忘れてしまう。
「ごめん、ごめんなさい、ごめんね。ごめん」
 誰かに、きっとそうしなければならないから。
 誰ももう「謝ることはないのだ」と言ってくれはしない。
 それが、怖くて、怖くて仕方ない。
 ずっと走ってきたのは、何度も何度も時間をすり切れるくらい繰り返してきたのは。報われるためではなかったのか。そんな後悔が、恐怖が、この最後の時になっても襲ってきてほむらを責め立てる。そして、どれだけ絶望しても。
 自分が切った糸で、魔力から切断されたほむらは、魔女になることすら叶わないのだ。ただ、この絶望を抱いたまま、自分の決断に自信を持てないまま、誰もそれを知ることなく、この深淵に永遠に置き去りにされる。
 消えるのも、
 忘れられるのも、
 忘れるのも、
 自分がやってきたことすべてが、なくなってしまうのもーー。



 ほむらはもう、存在として消滅している。
 振り下ろしたただ一つの鎌、それによって断ち切られたすべての力。行き場所を失ったすべての感情エネルギーはほむらの中で行き場を失っている。あるけれど、ない。すべての存在は、ほかのものに認められてこそその存在を認識されるのだ。出席簿に名前のない、机も席もない、元素も光もすりぬける彼女はもう、どこにもいないも同然なのだ。
 
 それは、ほむらにとっても同じだ。

 燃えさかっていたすべてのほむらが、ほむらのなかで消えていく。
 もし、彼女を救おうとするなにがしかの力があったとしても、
 ここには届かない。
 ほむら自らが断ち切った世界は、もはや、世界よりも、摂理よりも遙か遠くの場所にいる。

 たったひとりでは、炎は点らない。
 たったひとりでは、炎は測れない。

 暁美ほむらが、その名を失う。




 まつろわず、ちいさな想いを遂げている
 どこか、どこか遠くで。

パターン2


夜が落ちてくる。
少女は、目の前の景色を見てそう感じた。何度もこの街に降りかかる終わりの景色。

思い描いた正義を少女に相応しい形にしてまとい、立ち向かう後ろ姿を動かない身体で見つめていた。

終末はやがて決した。束の間の勝利。悪意と害意の塊にたったひとりで立ち向かい、今、少女の横に倒れこんだ。

「暁美さん、だよね?」

暁美ほむらは言葉を失った。
そして声もなく泣いていた。

「暁美さん、さっき、あたしを助けてくれようとしたでしょう? ううん、さっきだけじゃない。今まで何度も、何度も、本当に危ないところを助けてくれたのは……あなたでしょう?」

ほむらは声を出せなかった。肺に穴が空いていた。空気が漏れて行く、苦しかった。今回もまたダメだった。まどかは、まどかはこんなにも一生懸命頑張って、いままさに内側から魔女に食い破られようとしているはずなのに、それでも、この時間では一度しかまみえたはずの無い暁美ほむらを心遣っている。

暁美ほむらには、やり遂げねばならない役目がある。
限られた時間の中で、反則に近いこの魔法を操って、幸せを勝ち取らねばならない。
それが、反則を与えられた自分のーー最初に救われた、暁美ほむらの役目なのだ。

「ごめんなさい」

「よかった……まだ、大丈夫? 暁美さん」
だめよ、まどか。
手を伸ばす、触れたい。だって、ほむらは今回、まだまどかに指一本触れていないのだ。今回は干渉しないことを選んだ。だけど、それは失敗だった。
そう、まどか以外の誰も残らなかった。最後の日を前にして、あるものは魔女になり、あるものは魔女になる前に心中を選び、あるものはその魔女に殺された、酸鼻極まる最低な終わりだった。だが、この結果にほむらは安堵していた。そして認識を新たにしていた。やはり、まどかを救えるのは自分しかいないのだと。
ぐるぐると確定した闇が、まどかの内側に火をともしているのがわかる。ほむらの傷を気遣うその目は虚ろを見ている。グリーフシードが染まりきるまえに、残して置いた最後の力を振り絞って、暁美ほむらは魔法を解き放つ。

リセット。


繰り返す度に詰んでいることを思い知らされる苦痛のゲーム。時間を遡行しながら少女は歯を食いしばる。次は、次こそは。
自分の時間を保持したまま、世界を裏返すこのカードで、何ができるのか考える。
その反則しかできない自分に、
自分にしか。


意識が飛ぶ。
なぞりすぎて擦り切れそうな時間の流れが、大きな口を開けて、ほむらを飲み込もうとしている。脈々と波打ち流れていくこの暗黒の粒子が群れなす渦を逆回しにほむらは泳ぐーーいや、逆回しに流されていく。その間に引っかかるものがあるのを何度めかの遡行でようやくほむらは気づいた。ピンク色のリボンが閃いては消えていく。このリボンはまどかだとほむらは直感していた。それが消えていくのにいい気持ちはしなかったけれど、よくよく目をーー目のような感覚を研ぎ澄ましてみると、それは鎖だった。紫色の鎖。あまりにも頑丈そうで無骨で残酷なそれは、ほむら自身の全身から生えて、この時間の大渦に沈んでいく。その果てになにがあるのかーー。ほむらはその先を想像したくなかった。
だけど、想像したくなくとも、記憶が流れ込んでくる。
それは、ほむらの想いにほかならなかった。ある一人に向けられた純情の数々だ。それが、あったはずなのに失われた現象となってほむらの中に巣食い、枝を伸ばし、ありえたはずの時空に向けて怨嗟の鎖を伸ばしているのだ。ほむらは叫んだ。だが、魂だけが巻き戻るこの概念のごとき奔流の中で声など響くはずもなければ、よしんば響いたところでなにか起こるはずもない。むろん、涙すら流れない。どうしようとも、気づいてしまったが最後とばかりに、ほむらの中にそれは流れ込んで、ほむらを波浪のごとく浸食したのちに、またあるべき時空に向かって縛鎖となって走り出すのだ。その先には、絶対に、まどかがいるのだ。
そして、見えてしまった。ほむらは、すべてを、まどかがこの果てに、ほむらの行く果てに、絡みついて膨らんだこの無限の鎖が、あらゆる可能性から、魔力を搾り取って、すべてのまどかに恭しく供えているのをーー。
「~~~~!」
声はでない。
まどかは死ぬか、魔女になるしかなかった。どの可能性も、今俯瞰してしまったすべてありうる未来に、まどかとほむらが笑っている未来はなかった。靄のかかった未来もいくばくかはあったが、触れるたびに、まどかも、ほむらも、無惨に斃れ、もう、その世界はなかったかのように、砂嵐が訪れる。
やめてくれ。
やめてくれ。
どうして、どうしてあの子を苦しめるの。
どうして、
どうして、
誰が。
誰が!
「ああ」
だが、そこに閃きがあった。
まどかを救おうとするほど、世界もまどかも苦しむのなら、自分なんていなければいいのだ。しかしそれも、ただ死ぬだけではだめだ。この抑えられないまどかを助けるのだという想いを断ち切るためには、超常の力をかりなければならないだろう。
超常が本当はそこらへんにころがっているはずはない。けれど、ほむらには心当たりがある。魔法少女だ。魔法少女が魔法で自分のシリを拭くのだ。こんなにわかりやすい話はない。ただ、ほむら自身は魔法少女となってしまっている。そして、この鎖を断ち切るほどの魔力を秘めた願いのありかなんてーー。

ーーだから、まどかに頼むしかない。

どこでもない場所、ほむらが渡る時空の狭間、可能性と選択肢が落ちて行き消えていく時空のるつぼ。この無味無臭、絶対零度の牢獄に自分を閉じ込めてしまえばいい。ほむらがあそこにいる限り、まどかを縛るほむらの鎖が、まどかを魔法少女なんかにしない。ほむらの存在しない世界でなら、あるいはーー。
それは、とてもいいアイデアのようにほむらには思えた。永遠の牢獄からまどかを見守れるだなんて、考えようによってはとてもロマンチックで素敵なことのように思えた。少なくともいままでずっと続けてきた地獄よりはいい。まどかが恋をして、子を設けて、老いて、天寿を全うしたらーー。すべての可能性のまどかが幸せになるように、ここで見守っていられるのだーー。



それでも、望みは、魂をかけるに相応しいものでなければならない。ほむらの理不尽で身勝手な願いを叶えてもらうためには、本当に憎まれるほかはないだろう。
そう、嫌われるために。
憎まれるために。
願いも、祈りも、純粋な呪いに変えるために。

「ーー消えて、暁美ほむら

そう、ただひとこと、願わせればいい。

そのためには、やさしいまどかを、あの日、自分を救ってくれたまどかを追い詰めなくてはならない。



どうして言わないの! 殺したのよ!? 呪ったの! あなたの友達も、家族も、未来も、何もかもを私は奪ったのに! なんで!

どうして、どうして憎んでくれないの……

「暁美さん、どうして、こんなひどいことするの?」

凛とした顔だった

「ねえ、暁美さん、責任を取ってくれるかな? あたし、ひとりぼっちになっちゃったんだ」

白い雪景色。誰かがそこにこしらえた雪うさぎのような白。赤い木ノ実のごとし可愛らしい瞳。悪魔も諸手を挙げてひれ伏す如き、価値観の違う場所で自分たちを石油かウラン鉱のごとき資源として見ている上位のモノたちが、囁く。
「まどか、いまこそ願いを叶えてあげられるよ。きみは魔法少女の力を手に入れる、その魂と引き換えに願いをひとつ叶えられる」
感情など、そこにはない。理解できないと嘯きながら、それを分解し、理解し、再構築し、数式のようにして、ほむらに自分の望みを言わせようとしているのだ。
「知ってるよ、暁美さんが時間をあやつる魔法少女なんでしょ。すごいよね、タイムトラベラーだなんて、あたしも、やりなおしたいこといっぱいあるよ。だから、あたし、考えたんだ。暁美さんがどうしてこんなことしちゃうのかなって、ずっとずっと考えたんだ。暁美さんにこんなことされちゃうくらい、きっと、暁美さんが知ってる他のあたしが、してしまったんだよね。きっと、魔法少女なんかにならなきゃよかったんだよね。あたしは、間違わない。あたしなら、暁美さんを救ってあげられるかもしれないって、おもうんだ」
カゴメマドカ、きみはもはや、何でも叶えられるよ。何を願ったらいいのかわからないなら、ぼくがその答を教えてあげる。きみは、きみ自身のために、そして目の前の苦しむ魔法少女の両方を救う願いだ。さあ」
「ーーだめ! だめぇッ!」
遅い。インキュベーターは笑わない。そのはずなのに、笑顔をほむらに向ける。並行世界の自分たちへの手向けとせんばかりの、使命を達した時の満足そうな目。やられた。してやられた。
「ーー暁美ほむらを、普通の女の子に」

鹿目まどかが彼女なりに考え抜いた、強烈で破滅的な復讐だった。ほむらは、賭けに負けた。予期しない結末ではなかった。分の悪い賭けではあった。けれど、その願いはあまりにも、あまりにも暁美ほむらの心臓に突き刺さる。だが、痛みを噛みしめる暇なんてないのだ。
暁美ほむらは、当初の予定通り、その願いが叶う前にリセットをかける。
盾の陰に、泣き顔が見えた。
あんな泣き腫らした目の彼女を、見守っていくだなんて、本気で考えていたのか。
なんて愚かな、暁美ほむら
時の狭間すべてがうねるように、暁美ほむらを笑っている。
魔法が、かさぶたのように剥がれ落ちていく。
「だ、だめーー確かめなきゃ・・! ちゃんと、見なきゃ!」
巻き戻る時間の奔流に、意識まで攫われた。
「ダメ・・!」
もはや、加護は失われていた。


目覚めるとほむらは魔法少女では、なくなっていた。
ほむらの手の中でグリーフシードが砂に変わっていく。
テレビを点ける。真新しい制服、メガネ。記憶。あの始まりの日に戻ったすべて。
魔女にもならず、普通の女の子に変わった。

安堵があった、これで、地獄の円環から逃れられるのだ。ほむらにとって、これが最後になるのだ。愚図なほむらが手をこまねいている間に、どんどんとまどかが、手のつけられない化け物に変貌していく様を見ずにすむのだ。
でも

まどかに溜まった魔力は放出されたわけではないだろう。最後に放たれた願いは、ほむらを元に戻すだけだったのだから。ほむらの記憶が時間の円環の中で保持されているように、まどかの魔力もまた、エントロピーの法則を超えて溜め込まれているに違いないのだ。もしかしたら、ほむらが持っていた力の分までもだ。
反則は尽きた。万策は尽きた。もう、ジョーカーは手札に存在しないのだ。

魔法少女は、自分を救ってくれたひとひとりさえも、好きな人さえも、救えないのだ。

……

ジョーカーがないなら、もう一度手に入れればいい。
いっそ、もう一度魔法少女になればいいではないか。
そうすれば、ひとつ願いをかなえさせることができる。

ダメよーー

そうだ、この時点のほむらに資格はない。魔法少女になる資格も資質もないのだ。ほむらがその資格を手に入れるのは、まどかに触れ、まどかを失いたくないと願ったーーからではないか。インキュベーターに認められなければ、魔法少女にはなれない。イレギュラーと、今までインキュベーターはほむらのことをそう呼んできた。インキュベーターの知らない魔法少女未満なのだから。からっぽの、役立たずの、魔女。
「ああ・・」
そうだ、まどかが魔法少女になった時点で、インキュベーターの目的は果たされてしまうのだ。インキュベーターは膨大なエネルギーをその時点で手に入れることが確定してしまう。今まではそれを、ほむらの魔法で妨げてきたのだ。何度でも使える、一回こっきりの魔法で。時間遡行を再選択するには、インキュベーターがまどかと契約してしまう前に手を打たなければならない。その分岐は、かなり早いタイミングで起きることをほむらは知っている。けれど、魔法を失ったほむらにとって、そのすべての選択肢を止めていくことは不可能に近い。結論として、もう、ほむらはジョーカーを手に入れることはできない。

やりなおしがきかない。

そして、ワルプルギスの夜が、降りてくる。
魔女たちが最後の茶会をはじめる。

「だめ」

それだけは防がなければならない。考えろ、考えろ暁美ほむら、時間がないのだ。あるはずだ、同じ時間軸を何度も繰り返して来たのだから、時間をいじるしか能のない自分は、人の知恵を尽くして、足りない分を硝煙の臭いで誤魔化して、ジリ貧でもどうにかここまで終末を引き伸ばして来たんじゃないか。まどかにあの顔をさせないために!

ああ……

いた。
この時点でまだ、魔法少女になっておらず、魔法少女になる資質を秘めた少女が。
さやか。
どうにも反りのあわないあの少女に、願わせればいい。ワルプルギスの撤退を? まどかの平穏を?
そんな馬鹿なことがあるか、さやかが、京介の治癒以外に何を望むというのか。報われない願いを、他人への願いだからとよしんば止められたとして、さらに頼むのが他人への願いであるなんてあまりにも馬鹿げているではないか。

無理だ。
どうにかなるのなら、いままでの膨大な円環の中で、見つけ出しているに違いないのだ。ほむらは、その円環の中、偶然か神の気まぐれで、
ふとうまくいくのを待っていたのだ。それを、自分のミスで、気まぐれで放り出してしまったのだ。負けなければ、耐え続ければ、勝てる可能性がどんどん小さくなっても、いつか当たりくじを引き当てるかもしれなかったのに。
もはや、手だてはない。

手だては、ないのだ。

だって、ここにいるのは、ただの少女だ。なにもなしえなかった、魔法少女にもなれなかった少女だ。
「ーーッ!?」
ほむらの心臓が軋んだ。そんな、そんな、まさか。
病院の白い壁、消毒液とほのかなアンモニアの匂い、それよりもわずかな血の気配、ナースシューズがリノリウムを叩く音。点滴が落ちる音。子供の泣き声。過去。しんでいた日々の情景が蘇る。
「なんです……って?」
死が迫る。

ーー暁美ほむらを、普通の女の子に

ほむらが”ついさっき”聞いたあの願いが閃く、あれは、あの願いは「どこまで」有効なのか? 胸の真ん中、少し左を上から抑えながらほむらは考える。奥歯が震える。思考が、悪夢へと至りはじめる。
「……誰?」
窓辺にあいつがいた。
「やあ、はじめまして、アケミホムラ」
「どういうこと、インキュベーター
「おや、ぼくのことを知っているんだ。不思議だね。初対面だと思ったけれど?」
「あなた、私を魔法少女にしにきたんでしょう?」
「そのつもりだったんだけどね、でも、おかしいんだ。ぼくはたしかにきみに向けられた望みを叶えたはずだったんだけれど。なぜかきみはそんなにも苦しんでいる」
「なんの、こと?」
「何故だかきみはぼくらのことを知っているみたいだ、魔法少女のこともね、その顔はまるでこれから起こることまで知っているかのようじゃないか。わけがわからないな。そんなことはあるはずがないし、ぼくが彼女の望みを叶えにきた時のきみは、いまにも刻印を浮かべてしまいそうな顔をしていたのにね」
「何を……言っているの?」
「尋ねたいのはぼくの方さ、あれから何が起こったんだい? 数日と経っていないのに。感情のないぼくでもわかるくらいにきみは成長しているみたいだ。なのに、彼女の願いはいつのまにか消え失せてしまっている。……これは、なんてことだ」
「うう……」
「アケミホムラ、どうやらきみの心臓は限界だ、肉体を持つってのはこれだからややこしいね。わかっているみたいだから説明は省くけれども、どうだい、魔法少女になってくれないかな?」
「グリーフシードに、の間違いでしょう?」
「すごいね、きみはそこまで知っているんだ……まあ、拒否するのも構わないよ」
「拒否なんてしない、でも、その前にひとつ」
「なんだい」
「ーー私を救おうとした願いが、あったの?」
「ああ、依頼主はいえないよ、これも願いのひとつだから」

ーーああ。

ほむらは痛みと荒い呼吸の中で思考を纏める。長い繰り返しの中で、こんなことはなかった。再発なのか。なぜ、今になって? ほむらの内面は、経験は、連続していた。肉体は連続していなかったはずだ。連続していれば、あの時も、あの時も、目覚めた時に四肢はボロボロで、すべては詰んでしまっていたはずだ、始まる前から。いままですべてのほむらの想いは、自分を救ってくれたまどかとの出会いは、まどかをどうしても救いたいと願いあれからずっと続くもはや懐かしき胸の痛みは。
生まれてよりずっとそばに寄り添っていた、この死へのカウントダウンがごとし不整の脈動が、ある日突然に、なくなったからこそ、叶ったものだ。
「ねえ、インキュベーター
「なんだい」
「あなたたちは、時間を、張り巡らされた時間軸の網の目を、上から見下ろすことはできるの?」
「そんなのは不可能に決まっているじゃないか。因果律をなんだと思っているんだい」
「そうよね」
「きみの臓器は確かに治っていたはずなんだ、そうでなければ今頃死んでいるはずだったんだからね。それが証拠に、いまのきみはそんなにも苦しそうだ。さあ、望みを言えるうちに魔法少女になってよ」
「悪魔の囁きね」
「君らのいう超越的存在だったら、ぼくらはこんな面倒なことをせずとも、もっと効率的にエネルギーをあつめられただろうね」
「そう……」
ほむらの脳裏には想像したくないほど悪辣な仮定が浮かんでいた。アケミホムラにかけられた最初の魔法は、きっと、苦しむほむらを救うために願われたものなんだろう。ほむらが知らなくても、もしかしたら忘れてしまっているのかもしれない。それを忘れてしまっているのだとしたらほむらはいくらか悲しいけれど、その願いに感謝しなければならないと思う。その願いの主はもう、とっくにこいつの腹の中にいて届かないものだとしても。
しかし、ほむらはその上で想像してしまう、危惧してしまう、いままで何度やっても上手くいかなかったループの中で手に入れた猜疑心が真実の様なものにライトを向けてしまう。

ーーその願いは、本当に望まれたものなのか?


「でも、予測はできる。きみたちは複雑系と呼んでいたね。いくつものバタフライエフェクトの果ての果てを予測し、利用することはけして不可能なことじゃない。けれどね、ほむら。ぼくはおそらく時間旅行者であったきみに答え合わせをしてみたくなったよ。

ーー カゴメマドカは、ワルプルギスの夜を倒したかい?」


「なるほどね、その顔が見られれば十分だ。驚いたよ。予測は現実になりうるんだね。さて、そのうえできみはなぜか力を失っているようだ。それでも、ぼくはきみの魂の価値に見合った奇跡を起こしてあげられるよ。そんなに興奮しちゃまずいよ、魔法少女になるまえに死んでしまったら勿体無いじゃないか。さあ、資源を大切にしなきゃいけないってきみらの教科書にも書いてあるだろう? きみらだって、こんなに街に風車を建てているじゃないか。だって、きみには、きみらにはそれぞれに、なにかを犠牲にしても、叶えなければならない願いがあるんだろう。ぼくらは、それを叶えるためにやってきた善意なんだ。きみたちが、願いをかなえ、力尽きる時、ぼくらはいくばくかのリターンを頂戴する。きみらはこれを共生って呼んでいたね」


鹿目まどかの願いを、叶えないで」
「それは、これからの願いじゃないか。それに、いま、死にゆくきみがそれを望んでも、きみはそれの達成をみることはできない。それはきみの願いを叶えないじゃないか」
「いいえ」

「最初から、私を救う願いなんてなかった。これは弱い私の生んだ妄想」
そう、魔法少女である限り。
この肉はただの器。
「ーーキュウベェ、あなたが教えてくれたことよ」

死神の如き鎌、光を吸い込む不吉な翼、それを引っ提げてあけみほむらは新しい魔法少女となる
もはや、時間を巻き戻すことはできない。
それでもかまわない。
まどかが魔法少女にさえならなければ、かまわない。
彼女がたったひとり残され、泣くことになろうとも。
この時間軸で、すべてを終わらせる。

「きみは、どうしてもぼくらに遠回りをさせたいんだろうね。でもいいのかい、ぼくは約束は守る、けれどルールを破るのが願いだからね。もし、きみよりも強い願いで、まどかの願いがよみがえってしまうことも、あるかもしれない。なんたってぼくは、きみのおかげで、彼女さえ魔女になってくれれば目的が達成されることを知ってしまったんだからね」
「妥協すべきところよ、インキュベーター

死を思わせる暗い暗い輝きの宝石がこれからの身体なのだ。
心臓の痛みは、もう、響かない。
少しだけ、さみしい。自分に向けられた願いを、自分は無にしようとしている。
誰とも知らぬだれかと、考え抜いた平穏を望んだまどかの分、もしかしたら、孤独と信じてきた今までのほんの少しの人生にも、自分の為に願ってくれたひとがいたのではないだろうか。
もう、それを知ったところでどうなることでもないのだけれど。
「ねえ、キュウベェ」
「なんだい」
「最初に私を魔法少女にしたあなたは、こうなることを計算していたのかしら」
「可能性の問題だよ、アケミホムラ。きみは今、安堵しているかもしれないけれど、ここにいてもカゴメマドカの魔力を感じずにはいられない。そして、インキュベーターはぼくだけじゃない。ぼく以外のインキュベーターがまどかの願いを叶えるのは、決して契約に反しない」
「ーー」

誰の願いも、届かない。

「いいわ」

それならば、すべての願いを、断ち切るしかないではないか。

「ーーまどか、あなたが、世界になってしまう前に」

それこそが、この鎌が刈り取るものだ。

鎌を振り切る前に、白い獣がかき消えていく。
まるで、最初からなかったかのように。
最初からなかったものが、蘇ることもないだろう。

「さよなら」

ほむらは虚空に鎌を当てる、鎌が、願いを、想いを、呪いを可視化する。煌めきは糸に、糸は紐に、紐は縄に、縄は鎖に。その鎖はほむらにくくられ、その先はーーどこかに消えていく。確認せずともわかっていた。これは、まどかを縛る暁美ほむらが産んだ鎖だ。彼女をこの時空に閉じ込め、やがて化け物に育て上げる死に損ないの迷惑極まりない鎖なのだ。
これさえなければ、いいのだ。
こんなものなければ、よかったのだ。

力は要らなかった。
プリンにスプーンを入れる時みたいに簡単に、それは終わった。
もう、名前も思い出せない。


最初からなかったものは、よみがえることもない。
願いも、きっと。

きっと。




少女が進んでいく
時計の音を聞いて泣く。